日本の土木遺産

神田下水
神田下水内部
■ 神田下水内部

ヨーロッパ式の近代下水道【神田下水】

牛伏川フランス式階段工
■ 神田下水のある「多町大通り」。
後方はJR神田駅

東京の中心部JR神田駅付近の地下には、1884〜1885年に建設された下水道の一部(614m)がいまも現役で使われている。
明治15年、死者5000人を越えるコレラが神田・芝などの地域で発生した。明治政府は東京府に対して下水道の整備を促し、神田駅周辺とその東側を整備した。この時に建設されたのが東京で最初の近代下水道「神田下水」である。
設計者は、明治政府が招聘したオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケの指導を受け、内務省の技師であった石黒五十二である。下水管の断面は鳥の卵を逆さにした形状で、1846年にイギリス人J・フィリップの考案によるものである。この卵形断面管は、流れる下水の量が少ないときも流速を確保できることから、ごみが堆積しないことが特徴で、下水道として最も合理的な断面である。管路の延長は約4km、横幅610〜910mm、高さ910〜1360mmの内壁は全て煉瓦張である。神田下水は関東大震災や太平洋戦争をくぐり抜け、120年余りが経過した。平成6 年には現役の区間が東京都の文化財(指定史跡)に指定されている。

【アクセス】
神田駅西口駅徒歩1分。JR・神田駅西口の神田鍛冶町一丁目から駅の下を潜り、神田多町二丁目までの区間。
神田下水の史跡碑がある。

【地図】
googleマップで神田下水の位置を確認する

「Consultant」233号

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建設コンサルタンツ協会