ブックタイトルConsultant267号

ページ
37/88

このページは Consultant267号 の電子ブックに掲載されている37ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

Consultant267号

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

Consultant267号

2(上)現在の中心市街地。今もなお、中心市街地活性化の取組みを続けている3(左)切り妻の屋根が連なる明治中期ごろの町並み4(右)河口に倉庫が立ち並ぶ明治期の風景。図右上に日和山の表記がある5(下)現在の山居倉庫。かつての米蔵の雰囲気が残り、酒田市のシンボルとなっている27)年の庄内大地震や、1,767棟を焼失させた1976(昭和51)年の大火により、中心市街地にかつての町並みはほとんど残っていない。この大火以降、防災都市の建設を目指し、国・県・市が一体となり区画整理や市街地の再開発、住民の防災意識を高める方策の実現などを短期間で成し遂げた。1990年代からはデパートが相次いで撤退し、2012(平成24)年には庄内地方の百貨店として親しまれた中合清水屋店も撤退を表明したことで、中心市街地の衰退が危ぶまれた。しかし、市・県・地元商店街・有識者が中心市街地のデパートの重要性を訴えた結果「マリーン5清水屋」として再オープンし、中心市街地の核を取り戻すことに成功した。また、郊外への移転を検討していた民間病院を中心市街地に誘致し、「安心とともに暮らすまち」を掲げる中町サンタウンなど、人口が流出しないための取組みも行っている。変化を恐れず改良を続けていく中心市街地と、昔ながらの風情が残る港の風景。その対比が、酒田の町に独特の奥行きを醸し出している。次回の「あの頃の風景」は新潟県出雲崎町です。<参考文献>1)『酒田市史上巻』酒田市史編纂委員会1987年3月酒田市2)『酒田市史下巻』酒田市史編纂委員会1995年3月酒田市3)『目で見る酒田・飽海の100年』伊藤良一1995年7月郷土出版社<写真提供>1、2金野拓朗3、4、5酒田市役所<取材協力>酒田市役所市史編さん室Civil Engineering Consultant VOL.267 April 2015035