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写真4ロープウェイ開通初期写真5ポン・デ・アスーカル駅のリニューアル工事この完成によってラモスは夢を実現し、懐疑論者を沈黙させて、ブラジルのエンジニアの実力を証明したのである。■リニューアル第二次世界大戦中は旅行者が減少した。また、ロープウェイシステムが時代遅れになりつつあり、メンテナンスや点検調査等に多大な費用が発生するようになってきた。そのような中、1962年にはエンジニアのクリストファー・レイテ・デ・カストロが社長に就任した。彼はリオデジャネイロへの旅行者が今後増加すると予測し、ロープウェイをリニューアルすることに決めた。1972年10月に複線化が行われリニューアルしたロープウェイは、ケーブルやボンジーニョも取り替えられた。約1カ月の移行期間中は新旧二つのシステムが併用された。新たなボンジーニョは縦6m、横3mで4枚の透明なアクリルガラスに覆われたジュラルミン構造のイタリア製であった。1度に75人運べることで、輸送人員は1時間当たり115人から1,300人へと大幅に増強された。後の2009年には安全のために一人当たりの基準値が改訂されたことで、設備は変更ないまま、定員だけが65人に下がった。2012年にはスイス製の新しいゴンドラに変わった。■舞台として1967年、ドイツの兄弟がウルカの丘とポン・デ・アスーカル間のトラックケーブルをモーターバイクで渡った。また、1977年にはアメリカの綱渡り師スティーブン・マック写真6 開通時(左)とリニューアル時(右)のボンジーニョピークが、長さ9mの金属棒でバランスをとりながら横断に成功した。さらに、1979年公開の映画『007ムーンレイカー』では、主人公のジェームス・ボンドが名悪役の巨漢ジョーズとボンジーニョで立ち回りを演じ、世界的に知名度が上がり、ロープウェイの評価を高めた。撮影時には悪いイメージにならないようにと、ぶつかっても窓が割れないというような条件を付けたようだ。■現在のロープウェイシステムロープウェイにはトラックケーブルとトラクションケーブルの2種類が、二本ずつ上下線に張られている。トラックケーブルはボンジーニョがぶら下がるためのもので、92本の鋼線を束ねた直径50mmのものを15~30年間使う。ボンジーニョを引くためのトラクションケーブルは、使用開始後2週間程は少し伸びるが、その後は変化しない。このケーブルは5~10年間使う。ケーブルの検査は毎年実施している。リニューアル以降使い続けている動力システムには、すぐ横にバックアップシステムが存在する。1週間に1回は作動検査を行っているが、まだ、一度も使われたことはない。034Civil Engineering Consultant VOL.270 January 2016