ブックタイトルConsultant273

ページ
23/60

このページは Consultant273 の電子ブックに掲載されている23ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

Consultant273

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

Consultant273

ことには、このときと似た違和感を覚えます。人と緑の関係は、もう少し有機的で精神的な面も含めてトータルに考えるべきもののように思えるからです。平成28年の『NATIONAL GEOGRAPHIC』5月号「自然と人間」の特集では、「窓から殺風景な街並みしか見られない人に比べて、木々や草地を眺められる人のほうが、病院では回復が早く、学校では成績が良く、犯罪多発地区では暴力行為が減る傾向にある」ことが報告されています。公園などの緑地の近くに住む人は、うつ病や不安神経症、心臓病等々の15種類の病気の罹患率が低いという研究結果も紹介されています。自然には、都市のストレスや精神的疲労を軽減してくれる効果があります。けれども、「結局のところ、私たちが自然の中に入って行くのは、それが心身に良いと科学的に証明されたからではなく、私たち自身がそう感じるからなのです」という認知心理学者のストレイヤー氏の言は正鵠を得ています。窓外に木々の緑を眺めながら暮らすことが「贅沢なこと」ではないようにすることこそが、私たち都市緑化に携わるものの役目なのかもしれません。そう思うのは、緑地の面積は増えても、人と草木の親和性は弱々しくなっていると感じるからです。境界を越えて近ごろの住宅には、草1本生えないように家の周り全てをコンクリートで固めているものがあります。庭木1本が手に余るほど、人は草や木から離れてしまいました。そうした家々が連なる通りには緑陰はなく、道を行く人を激しい照り返しが襲います。街路樹も強剪定されて枝葉のないものを目にしますが、そうなると逃げ込む木陰もない街路が続くことになります。最近、ある住宅開発のプロジェクトのお手伝いをさせていただく機会を得ました。複数の工務店が協働して一団の住宅地を開発しているのですが、外構や庭はデザインを統一し、緑豊かな街並みをつくることが目指されています。ブロックやコンクリートで固められた「エクステリア」ではなく、フェンスも門柱も階段もその土地の植物と石でつくります。緑が家をつなぎ、木立がゆるやかに外との境界をつくります。植物は人と人のコミュニケーションを媒介します。それは私たち自身が日々感じていることのひとつです。植物の手入れをしているとよく声をかけられます。「春先にこの木に白い花が咲いていたんだけど何ていう名前なのかしら」と聞かれたら「ああ、この方はこの木の下で白い花に気づき、それを心に留めてくださっていたんだなぁ」と思います。何ということのない日常の光景です。けれども、こうしたささやかな喜びが暮らしの豊かさであり、幸福を形づくるのではないかと思います。件の住宅地の生垣はやがてお隣の庭まで枝を伸ばすことでしょう。そこにはお隣さん同士、「お互いさま」の関係が生み出されます。緑は外に向かって開かれた場所にあります。その存在は自ずと社会性を帯びます。個別の建物や敷地の内側に閉じた存在にしないことで、都市(まち)の風景はより豊かなものへと育つように思います。植物や風や生き物は、敷地境界という人の引いた線を越えていきます。私たちはその越えた先に可能性を見い出します。都市からの物理的な制約だけでなく、制度や人々の意識までも超えてゆくことが、今の緑に求められていると思うからです。最後に社会学者の見田宗介氏の著書『気流の鳴る音』(岩波書店/ちくま学芸文庫)か一文らをご紹介します。「殺風景な社会はかならず自己の周囲に殺風景な自然を生み出す。草や木や動物たちとの交歓を享受する能力は、同時に人間の関係性への味覚をしなやかに発達させる」都市の緑が豊かに息づくことの意味がここに集約されているのではないでしょうか。写真5周りをコンクリートで固めた建物と強剪定された街路樹Civil Engineering Consultant VOL.273 October 2016021