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おくのほそ道第13回温故知新の風を感じる「小松市」福井県岐阜県鳥取県京都府島根県広島県岡山県兵庫県明石大阪府下関山口県尾道香川県奈良県大石田町宮城県山形県仙台市松島町岩沼市大日本コンサルタント株式会社/経営統括部/経営企画室福島市山上英之YAMAGAMI Hideyuki(会誌編集専門委員)出雲崎町福島県新潟県須賀川市白河市石川県高岡市栃木県富山県群馬県小松市長野県茨城県『しほらしき名や小松吹萩すゝき』福岡県愛媛県高知県徳島県和歌山県大分県熊本県宮崎県児島県1伝統的な建築様式の家屋が存在する材木町地区元禄2(1689)年7月15日に金沢に到着した芭蕉は、滞在9日目の24日に小松に移動し、本折日吉神社の句会で表題にある小松への挨拶句を披露した。その後、山中温泉に行ったあと、再度小松を訪れている。同じ地を二度訪れたのはここ以外にはなく、芭蕉と小松の関係の深さを想像できる。小松は加賀藩の基礎を築いた2代目藩主前田利常が寛永17(1640)年に隠居した場所である。利常はまず小松城を大幅に拡張し、郊外にあった寺や神社を小松城の周辺に集め、町の中心を東西に流れる九竜橋川を境とする橋北と橋南の地区それぞれに神社を鎮守した。これには寺院の取り締まり、参拝による町の賑わいを創出する等の狙いがあったと考えられている。また、美術工芸の名匠を多く招くとともに、伝統文化の礎を築いた。さらに、産業を奨励し、特に絹織物は京都に職人を派遣して研究させ、多くの富が小松にもたらされた。こうして町人文化の華が開き、小松で最も有名な曳山子供歌舞伎が明和3(1766)年頃から始まった。市内の8つの町が曳山を所有し、毎年5月に上演される「お旅まつり」では、曳山の舞台で演じられる子供歌舞伎に約20万人の観光客が魅了される。一方、市西部にある日本あたか海を望む安宅は、兄源頼朝の追手を逃れ奥州に向かう弟義経一行の前に立ちはだかった関所として知られ、歌舞伎十八番の演目で最も有名な『勧進帳』の舞台である。これも毎年5月の子供歌舞伎フェスティバルで小中学生らによって演じられている。まさに5月は「歌舞伎のまち小松」が賑わう。かしばた九竜橋川に沿う河岸端通りは、祭りの時期になると032Civil Engineering Consultant VOL.271 April 2016