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(万トン)65432釜石製鐵所中国地方全国(八幡製鐵所を除く)八幡製鐵所20.4%31.8%鳥取県5.0%対全国シェア77.9%42.8%島根県岡山県広島県1図3中国地方の鉄生産高の県別シェア(明治23年)0明治12141618202224262830323436年図2近代初期の鉄生産高の推移地場産業の発展に寄与した製鉄業広島県は全体として平野部が少ない土地であるためか、耕作地が限られていた一方、山間部を中心に鉱産物に恵まれ、中国山地沿いに産出する砂鉄を原料とした製鉄業が発達した。たたら製鉄と呼ばれるこの製鉄技術は古代から綿々と受け継がれ、明治時代の初めから半ばにかけて中国地方で生産された鉄が国内の大部分を占めるほどであった(図2)。中国地方で特にたたら製鉄が盛んであったのは島根県、鳥取県、広島県の3県であり、このうち広島県は明治時代半ば頃には島根県に次ぐ生産量を誇った(図3)。田部家や櫻井家といった大規模な鉄山師(製鉄業者)が存在した島根県に対し、山県郡の佐々木家(加計家)を除けば小規模事業者が多かった広島県では、小規模鉄山を統括する官営鉱山として運営されており、山間部で製造された鉄は県内を流れる河川を利用して沿岸部まで運搬され、県内産業の原材料として活用されてきた。県内の地場産業として発展してきたものに鋳物、針、やすり、錨といった鉄に関連したものが多く、10種類の鉄製品を称して安芸十利とも呼ばれている。この背景には山間部の製鉄業の存在と水運に適した河川という地の利があったことはいうまでもない。このうち、鋳物業から発展してきた企業の一つがホーロー浴槽で知られる広島市の大和重工である。針については広島市が国内の9割以上のシェアを誇っており、大正7年創業の萬国製針の手縫針は国内シェアNo.1である。にがたやすりに関しては呉市の仁方がシェア9割以上となる国内有数の産地となっている。また、福山市の鞆地区は現在も船具や錨、各種鉄鋼製品の生産拠点として知られている。たたら製鉄の終焉と近代的製鉄業への転換残念ながら、たたら製鉄は高炉製鉄の本格化によって衰退の一途をたどる。たたら製鉄を受け継ぐ最後の企業ともいえるのが野島国次郎氏による帝国製鉄(昭和2写真1多くの川とともに発展してきた広島市ともCivil Engineering Consultant VOL.276 July 2017015