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写真2建設中の上椎葉ダム写真3スキージャンプ式の余水吐九州電力株式会社は1952(昭和27)年、上椎葉ダムの計画に関してOCIと正式に契約を交わし、計画全体についての勧告を受けた。その内容の中に、重力式ダムからアーチ式ダムへの形式変更が盛り込まれていた。これにより、工事費の約30%となる約12.3億円(現在の金額で約55億円)を削減し、工期も1年短縮できるとされた。九州電力株式会社はこの勧告を受け入れ、上椎葉ダムの形式は重力式からアーチ式へと転換されたのである。しかし当時、日本において重力式ダムの建設実績はあったが、上椎葉ダムで計画されている高さ100mを超える本格的な大規模アーチ式ダムの建設は初めてであり、知識や技術の蓄積がほとんど無かった。ここから、上椎葉ダム建設に携わる技術者達の苦難の道のりが始まることとなる。■繰り返される実験や検証OCIの勧告を受けた後、上椎葉ダムは改めて高さ110m、最大出力9万kwのアーチ式ダムとして耳川と支川小崎川の合流点直下のV字渓谷に計画された。この位置に計画されたのは、発電に必要な有効貯水量を確保できることと、両サイドが強固な岩盤であるといったアーチ式ダム建設に必要となる地質的要件を満たしていたためである。上椎葉ダムの計画では技術顧問的な立場として携わったOCIであるが、当時の記録から、事業者側との関係は必ずしも良好でなかった様子が窺える。当時のOCI東京滞在主任のチャールズ・C・ボーニンが日本の技術者へ敬意を表す一方、OCIは主導的立場としてダムの設計と工事を指導するつもりであったが、実際にはほとんど権限のない相談役のような扱いを受け、日本の役人からも様々な圧力があったと記述している。OCIからの勧告は採用されなかったものも多く、度々提案が無視された。もう少し権限が与えられ、勧告が受け入れられていれば、さらなる工期短縮と費用削減が可能であったと述べている。逆に、ダム工事を請負った鹿島建設株式会社上椎葉出張所長の小林八二郎は、アーチ形式への変更による費用削減効果やOCIの指導に対する感謝を述べながらも、ボーニンの発言内容に遺憾の意を表している。地震大国日本における初の大規模アーチ式ダムの建設では、「余水吐水理模型実験」「ダム振動に関する模型実験」「ダムコンクリートに関する実験」等、様々な実験と検証が繰り返された。特に余水吐と呼ばれるダムの余剰水を下流に放流するための施設部分では、OCIから提案があった中央越流方式は放流時の莫大な落下エネルギーによる直下流の河床洗掘の懸念等から採用を見送り、左右2つの放流部を有するスキージャンプ方式を採用することとした。これは2つの放流水を中央部でぶつけることによりエネルギーを相殺し、河床洗掘等の下流部の影響を和らげるアイデアだった。実験を繰り返しながら位置や規模等を決定したうえで設計に反映し、ダム完成後には検証試験が行われた。■度重なる苦難上椎葉ダムの建設工事には延べ500万人が携わった。予想以上に基礎岩盤の風化が激しいことからダム位置を変更したり、アメリカから持ち込まれた重機の熟練工がいない等で工事は難航した。また、堤体アーチ部両サイドの岩盤掘削時には崩落事故等が多発した。上椎葉ダムは耳川の最上流部に位置し、最寄りの鉄道となる日豊本線富高駅(現在の日向市駅)より唯一の024Civil Engineering Consultant VOL.278 January 2018