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あんこし和菓子の色と云えば、私は餡の色に執着しています。漉あんつぶあん餡や粒餡の色です。漉餡は、前日によく水洗いした北海道産の普通小豆「ふじむらさき」を水漬けし、翌日に炊き上あくげます。この時、重要なのが灰汁取りです。私は4回灰汁取りをします。初回は、沸湯したらすぐに火を切り、水を取り替えます。二回目からは、豆の状態を見ながら灰汁取りをします。炊き上げてから裏漉しし、これを水に数回洒しさらしあんてから、絞り上げて漉し粉「晒餡」を作ります。この漉し粉の色が、紫色でもなく、藤色でもなく、えんじ色でもない、私の小豆色です。この小豆色が一番美しいのは、新小豆の出回る11月頃からです。灰汁取りのタイミングがずれて赤味が増してしまうと、この餡がなくなるまで私は不機嫌になります。この間、修業に来ている子達は針の筵です。小豆色は、和菓子職人が百人いれば百色あります。絶妙なタイミングで灰汁取りをして作られた小豆色は、やはり灰汁の少ない砂糖でざらめとうある双目糖で炊きます。私は結晶が一番大きい白双目糖を使います。この様にして作る灰汁の無い漉餡は、何にも例えがたい色であり、小豆の仄かな香りが鼻に抜ける瞬間に、和菓子職人は最高の喜びにひたる事ができます。また、小豆を炊き上げ水に晒している時に「私の小豆色を着物に映したとしたら、どんな女性が着こなせるのだろう」なんて考えてしまい、思わず、女優を探している自分がいます。私は、和菓子にとって一番大切なのは「色気」であろうと思います。「私の小豆色が持っている色気を理解してくれる女優が、果たしているのだろうか」と考えて、ぼーっとしてしまうこともあります。職種の異なる職人に色気の話を持ち出すと、多くの人が賛同してくれます。農業者は「色気の無い野菜は売れない」とか、「新米の炊き上がった時の香りや艶や味に、えも云われぬ色気を感じる」とか、竹籠職人は「編み上げた竹籠の色気に見とれてしまう」とか。それぞれの職種によって特集いろ和菓子の色のすばらしさその感じ方は異なりますが、職人には共通する感性があるのではないかと思います。個性と感性と経験とファンタスティックを切り売りする仕事が職人であり、表現者であるからだと思います。特に和菓子の場合は、「食べる」と云う事を前提とする瞬間芸術です。さらに、喫茶をする事も前提条件として考えなければなりません。和菓子を食べて口の中に残る甘味。この甘味が「美味しいお茶が飲みたい」と云う欲求を引き起こさせなければなりません。そして好みのお茶を飲んで、和菓子がもたらす甘さの余韻とお茶の渋みが出合った瞬間に「日本人に生まれて良かった!」となり、最高の癒しを得ることができるのです。と同時に、和菓子はその場から退場しなければなりません。和菓子にとって、お茶は殿様であり、自らは家来(サムライ)だからです。「武士道とは死ぬ事とみつけたり」と云う哲学があります。これは和菓子にとっても同じであり、美学でもあります。なぜならば茶菓子であり、茶請菓子だからです。和菓子と云う言葉は、明治維新以後の言葉です。欧米の洋に対しての和として用いられ、日本人は、自らの文化に何の抵抗もなく「和」をつけます。明治維新以降、欧米へのコンプレックスが生まれ、第二次世界大戦の敗戦後、アメリカの圧倒的な文化の占領政策により、欧米文化への憧れが生まれます。音楽、ファッション、ファストフードはその最たる物です。しかし先日、富山大学芸術文化学部の教授からいただいた講演依頼の手紙の中では、「150年たって、ようやく欧米の文化が日本の文化を理解し追い付いてきた」と述べられていました。私はこの言葉に、雷に激しく打たれたような衝撃を受けました。世界に誇る文化資産として、世界に類をみない存在である和菓子文化の、ガラパゴスより遥かに進化したその特殊性を、次世代に伝承していきたいと強く思っています。006Civil Engineering Consultant VOL.279 April 2018