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028 Civil Engineering Consultant VOL.284 July 2019『祭頭祭』震災による影響以外にも、さまざまな要因により変わりゆく祭りも多い。茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮は、創建が日本の初代天皇とされる神武天皇の元年といわれる古社で、「武の神」として崇められている。3月9日に行われる『祭さい頭とう祭さい』は鹿島地方に春を呼び、人々の健康や豊作を願って行う華やかな祭りだ。朝、顔に化粧をした狩かり衣ぎぬにつつまれた5歳ほどの幼児2人が馬うま方かたの肩車に乗り、左さ 方ほう、右う 方ほうから拝殿へ来る。鹿島神宮を中心に南北に分けて、南郷・北郷は、交互に左方・右方となって一字ずつ奉仕する。神かみ占うらにより選ばれたそれぞれ二つの字が左方、右方となり祭りを行う当番となる。当番の字から1人ずつ幼児が選ばれ、祭りの日には神の化身である「大だい総そう督とく」となる。甲冑姿の大総督は、法螺貝や太鼓の合図でそれぞれ300人を従えて町内の練り歩きへと出発する。2018 年の『祭頭祭』は右方の出陣がとりやめになり、左方だけで行われた。私の宿は例年左方の接待所となっている場所であった。「今年は右方がでないからさびしい」と町の人が嘆いていた。祭りの最後の神事は「神占」で、神様のご神託により来年の祭りに奉仕する字が北郷と南郷のそれぞれから選ばれる。神職が大きな声で「トぼく定てい、左方○○、右方○○」と宣言した。これで来年は賑やかになるぞ、と思った。ところが、帰りのタクシー運転手から聞いた話はショックだった。神様のご神託の名誉ある来年の奉仕を北郷はその場で断ったという。鹿島神宮北部は新興住宅が多く、移り住んできた世帯が多い。その人たちにとって祭りは金も手間もかかるやっかいな存在でしかないのだろう。多くの字ではご神託が降りても即座に断ることを事前に決めているのだという。2018年に右方がでなかったのはそれが理由だった。私にとって神様のご神託など恐れ多くて断ることなど考えられなかったが、この地区ではもはやそれが当たり前のようになっている。この先があやぶまれる。左方、右方が揃った盛大な祭りになるのはいつのことなのだろうか。三遠南信の祭り三さん遠えん南なん信しんという地区がある。愛知県(三河)、静岡県(遠州)、長野県(信州)の県境をまたいだ地域で、700年以上にもわたり各地で独自の民俗芸能が継承されている。もとは伊勢から来た修験者が芸能を伝えたと言われている。愛知県の東栄町付近では冬から春にかけて15カ所で『花祭』が行われている。6kgの大きな面をかぶった榊さかき鬼おにが山の神の化身として現れ、人間の魂を清め再生する。祭りで大切な役割を担うのは「花の舞」に登場する幼児だ。可憐な花の舞に里の人は願をかける。この花の舞がないと祭りは始まらないが、少子化により子供が僅かしかいなくなってしまった。もとは長男だけが舞うことを許されていたが、現在は外孫や姉妹都市の子供たち写真4 『 祭頭祭』の大総督。総勢300名を従える(2018 年)写真5 『花祭』の花の舞。真夜中のこの舞から始まる(2009 年)